3万8000年前の旧石器時代の日本では、私たちの先祖は舟で世界最古の往復航海を行い、日本国内外に交易を行うためのネットワークを築いていました。
そのため、日本には海外と比べても高度な技術と文化を持った社会が存在したと考えられます。
そして、そのような社会があったことを証明するかのように、旧石器時代や縄文時代の遺跡からは、世界最古とされる出土品が数多くが発見されています。
・磨製石器(3万2000-3万年前 世界最古)
・釣り針(2万3000年前 世界最古)
・土器(1万6500年前 世界最古)
・漆の木片(1万2600年前 世界最古)
・漆製品(9000年前 世界最古)
・勾玉(7000年前 世界最古)
・編布(6000年前 世界最古)
など
もちろん、これ以外にも世界最古ではありませんが、私たちの先祖が古くから使っていたものも数多く出土しています。
さて、縄文時代の遺跡は全国に9万カ所以上確認されているのですが、最も長く使われていた遺跡は、どのぐらいの期間使われていたでしょうか?
1. 1500年 2. 4500年 3. 1万年
国内で最も長い間使われていたとされる遺跡が、愛媛県にある「上黒岩岩影遺跡」です。その期間なんと約1万年。つまり、答えは3。これは凄い。
もちろん遺跡によって使用された期間は異なり、十数年程度の短い期間のものもあるのですが、集落や貝塚のある主要な遺跡では、数百年から千年を超えるものが一般的なようです。縄文人は、意外と何世代にもわたり同じ場所に住み続けていたということになります。
しかし、同じ場所に住み続けるには、「安定した食糧を持続的に確保」することができ、また、「他者からの侵略がない」ことが必須となりますが、縄文人は、どのように暮らしていたのでしょうか?
貝塚や遺跡からの出土物により、縄文人は狩猟・漁労・採集を行い多様な食材を活用していたことが分かっています。また、季節や地域に応じて柔軟に適応した食材を好んで食べていました。遺跡からはクジラの骨も出て来たりしています。
主食はドングリやクリ、シカ、魚介類(特に貝類)などで、土器を使った煮炊きや保存技術が発達していました。
栄養バランスが良く健康的で、縄文人は虫歯の発生率は低く(農耕民に比べ穀物依存が少なかったため)、歯の摩耗は多い(堅果や硬い食物の咀嚼による)ことも分かっています。面白いですね。
では、縄文時代の治安はどうだったのでしょうか。たとえ食料が豊かな土地に住むことができても、他者からその土地を狙われることはなかったのでしょうか。
縄文時代の遺跡から出土した人の遺骨の総数は約1万体あるのですが、そのうち、殺傷(暴力や攻撃による外傷)が原因で死亡したとされる人骨の割合は1.8%と推定されています。
この割合は、欧米などの同時期の狩猟採集民や農耕民の暴力死亡率(5~10%程度)に比べて、5分の1以下と非常に低い結果となったのですが、どうして縄文人は争いを行わなかったのでしょうか。
この原因として次のようなことが考えられます。
まず、奇跡としか言いようのない日本列島の地理的優位性(位置、大きさ、地形…)があります。
日本は四方を海に囲まれているため、何処にいても豊かな海の恵みを得ることが出来やすく、大陸からもほどよく離れているため、大陸からの侵略を受けにくい場所にあります。
また、国土面積の約70%を山岳部が占め、中央には険しい山脈もあり、気候は温暖で湿潤。
つまり、水が豊富にあるため、植生も多様で植物が育ちやすい環境が整っています。まさに奇跡!
そのため、陸上でも食料資源が豊富で農業をしなくても安定して食料を確保することができ、争いや領土競争を行う必要が少なかったと考えられます。
また、縄文時代の遺跡からは、対人用の武器(槍や剣など)が出土していないことも、縄文時代の特筆すべき大きな特徴です。
このような極めて安定的で平和な環境により、縄文人は長期に渡り同じ場所に定住することができたと考えられます。