80年前の8月9日、午前11時2分、長崎に人類史上2度目の原爆が米国によって投下されました。この原子爆弾により、1945年末までに約7.4万人の人々が死亡。
当時の状況は、6月23日に沖縄が米国によって占領され日本の敗戦は濃厚。しかし、米国は1942年より、現在の金額で4.5兆円という巨額の予算をかけ強引に進めた核開発は終戦間際まで未完のままでした。
1945年7月16日、大東亜戦争終戦の約1ヵ月前にプロトニウム型爆弾の核実験が成功。ちなみに広島に落とされたウラン型爆弾は、1945年6月には使用できる状態になっていたと言われています。
昭和天皇が降伏するための準備を行っていることが米国政府にも伝わっている中、8月6日には広島にウラン型原爆が投下。
そして、8月9日の今日。「ファットマン」という名前をつけられたプロトニウム型原爆を乗せB29がサイパンの側にある島から離陸。
実はこの爆弾、最初は長崎に落とされる予定ではありませんでした。
第一目標は福岡の兵器廠のあった小倉だったのです。しかし、前日行われた八幡空襲による煙と雲で投下地点を確認することができず、3回試みたのですが、帰りの燃料が残り少なくなったため、第二目標である長崎に変更され、罪なき人々の頭上に投下とされることになったのです。
これが、大東亜戦争の歴史の1部です。
毎年、原子爆弾でなくなられた方々や、戦没者を弔う平和式典が行われますが、戦争の内容はほぼ教えられていません。これには本当に不思議でなりません。
なぜならば、戦争の史実を知らずに、平和という状態を保つ術を見つける事はとても難しいと感じるからです。
皆様、どのように思いますか?
長崎の原爆で亡くなった方々。
そして日本のために、家族のために戦ったすべての方々に哀悼の湯を捧げます。
黙祷