【藤沢モスク建設計画を考えるために知っておきたいこと】

藤沢モスク建設計画についてあなたは賛成ですか?それとも反対ですか?

中には簡単に答えを出せない。何から考えていいかわからない。と悩んでいる方も多いのではないでしょうか。

モスク建設計画問題は非常に難しい問題です。

それは単にモスクの建設が「良い・悪い」と言ったものではなく、その地域に昔から住む人々やモスクが建ったことでモスクを利用しようとする外国人の人生にも大きな影響を与えてしまうからです。だからこそ感情論ではなく、宗教・移民問題・ 地政学・国内での労働力の実態、そして私たち国民が国の運営をどうしたいのかといった広い分野を整理した上で、慎重に考えていかなければならないのではないでしょうか。

そのためにも、落ち着いてまず情報を整理してみましょう。少し整理するだけで、見えてくるものが変わってくるはずです。

■ まず、この問題の概要を整理します

神奈川県藤沢市宮原3344番地1。元内野種苗店の跡地、約300坪の更地に、鉄筋2階建てのモスクが2027年度の完成を目指して計画されています。

・開発許可  :2025年7月8日に取得済

・申請事業者 :宗教法人 ダル・ウッサラーム(群馬県伊勢崎市)

・実際の使用主体:一般社団法人 藤沢マスジド

・建設予定地 :市街化調整区域内(通常は建設制限のある地域)

建設そのものは、民間事業者が合法的な手続きを踏んで進めているものです。藤沢市も「許可の取消は不法行為にあたる」として、介入は難しいとの立場を示しています。

一方で、2025年10月以降にオンライン署名が急速に広がり、最終的に3万3千人超が賛同。市役所への抗議も2500件超、市議会への陳情は40件超にのぼりました。2026年4月12日には藤沢駅前でデモが行われ、反対派と

擁護派が激しく衝突するまでに発展しています。

この騒動が浮き彫りにしているのは、「モスクをどうするか」という個別の問題だけでなく、もっと根っこにある社会的な課題です。

■ 01|国が決めた政策のリスクを、なぜ地域住民だけが負うのか

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まず気になるのが、「責任はどこにあるのか」という点です。

外国人労働者や移民の受け入れ拡大は、国レベルで進めてきた政策です。

ところが、その政策によって生じる変化、つまり生活環境の変容、インフラへの影響、地域コミュニティの摩擦は、ほぼすべてその場所に住む人々が引き受けることになります。

 「政策を決める人と、影響を受ける人が、まったく別の人間である」

藤沢の住民は、移民政策の決定に関わっていません。それでも、ある日突然、自分たちの生活圏に大きな宗教施設が建つことになる。行政は「民間の話なので」と距離を置き、国は静観する。この構図には、やはり無理があると思います。

住民の不安の声を頭ごなしに「差別だ」と片づける前に、まずこの不均衡な構造に目を向けることが必要ではないでしょうか。

■ 02|「移民」をひとまとめにしてしまうと、見えなくなるものがある

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移民について話すとき、つい「移民」という言葉でひとまとめにしがちです。

しかし、実際には、来る理由も背景もまったく違う人々がいます。

大きく分けると、おおよそ三つの層に分かれます。

【経済的に恵まれた移民】

かつて日本にやってきたイスラム教徒の多くはこの層でした。母国では裕福な家庭の出身で、教育水準も高く、日本の文化や慣習に馴染もうと積極的に努めていました。

【経済的困窮を理由とした移民】

生活が苦しくて移住せざるを得なかった人々です。一般的に教育水準は低く、同じ出身地のコミュニティに頼らざるを得ない事情も多いため、受入国の社会との摩擦が生じやすい傾向があります。

【宗教的・政治的な動機を持つ移民】

信仰や思想的な使命を持ち、生活の場を求めるだけでなく、何らかの目的を持って移動する人々も存在します。

移民の受け入れ枠を広げると、自然と後者二つの層の比率が上がってきます。

ドイツやフランス、スウェーデンで起きた社会的な分断は、こうした流れの中で生まれたものでもあります。

数十年前と今では、日本にやってくるイスラム教徒の背景や動機が大きく変わっています。「同じイスラム教徒だから」と一緒くたに論じることは、この問題を正確に理解する妨げになりかねません。

■ 03|宗教施設の建設は、単純に「信仰の自由」の話として語れるのか

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宗教と国家や勢力の拡大が、歴史的に深く結びついてきたことはよく知られています。大航海時代以降、宣教師が訪れ、商人が続き、やがて軍や植民地支配が始まる——このパターンは世界各地で繰り返されてきました。

現代においても、例えばサウジアラビアがワッハーブ主義(預言者ムハンマドの教えを厳格に遵守する考え方)を世界に広めるために多額の資金を使っていることや、中東の資金によるモスク建設ネットワークが各国に広がっていることは、「信仰の自由」という枠だけでは語りきれない側面を持っています。

今回の藤沢の件でいえば、申請事業者「ダル・ウッサラーム」の資金源やネットワークの実態について、一般に公開されている情報はほとんどありません。宗教法人であれば税制上の優遇もあります。こうした情報は、本来であれば自治体が把握・確認すべき事柄ではないでしょうか。単にイスラム教徒が増え、足りなくなったモスクのキャパを補うためのモスク建設計画ではなく、勢力拡大を狙った戦略的モスク建設計画である可能性もあるということも、頭の隅に入れておく必要があるのです。

信仰の自由はもちろん大切にされるべきです。それと同時に、組織の活動や資金の透明性も確保されるべきだと思います。

■ 04|「人手不足だから移民が必要」という話、本当にそうでしょうか

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移民受け入れを正当化する理由としてよく聞かれるのが、「少子高齢化で労働力が足りなくなるから」というものです。一見、説得力があります。しかし、少し立ち止まって考えてみると、気になる点がいくつか出てきます。

・日本の失業者数は現在約300万人

・定年後も働くことを希望している高齢者が多いが、雇用の場が十分にない

・「年収の壁」の影響で、働く時間をあえて抑えている人も少なくない

・AIや自動化によって代替できる仕事がまだ多く残っている

国内にこれだけの潜在的な労働力があるにもかかわらず、その活用が十分に進まないまま、「だから外国人労働者が必要だ」という議論になっていく。ここに違和感を覚える方も多いのではないでしょうか。

 「移民の受け入れは、労働環境の改善やテクノロジー活用を先送りにすることにもなりかねない」

低賃金で雇える外国人労働者が確保できれば、企業は国内の待遇改善や設備投資を急がなくてもよくなります。移民政策が、一部の企業にとって「現状維持」を続けるための手段になっている側面は否定しにくいと思います。

さらに、もう一歩先のことも考えておく必要があります。移民の受け入れが当たり前になり、企業が外国人労働者を積極的に雇用するようになれば、日本人の賃金はさらに上がりにくくなり、日本人そのものが雇用から遠ざけられていく状況が生まれてくるかもしれません。

よく言われるのは「ホワイトカラーの仕事はAIに奪われる」という話ですが、問題はそれだけではありません。AIが事務・知識労働を代替していく一方で、現場作業や体力仕事といったブルーカラーの領域は、低賃金の移民労働者が担うようになる——そういう構図が、静かに、しかし着実に進んでいます。

仕事というものは、単に収入を得る手段ではありません。人が人生をかけて打ち込み、誇りを持ち、社会とつながるための大切な営みです。その仕事のあり方が、AIと移民という二つの波によって根本から変わろうとしている今、「誰のための経済か」「誰のための雇用政策か」という問いを、私たちはもっと真剣に問い直す必要があるのではないでしょうか。

■ 05|「犯罪は増えていない」というデータを、そのまま信じていいのか

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移民と治安について語るとき、「データでは犯罪率に変化はない」という言説がよく持ち出されます。しかし、そのデータ自体を疑う視点も必要ではないかと思います。

犯罪の統計に現れる数字は、あくまで「把握・記録された犯罪」にすぎません。実際に起きた犯罪との間には、統計学でいう「暗数」——見えない犯罪の数——が存在します。特に移民が関わる事案では、被害者が「通報しても無駄」と諦める、警察が政治的配慮から積極的に立件しない、外国人加害者が不起訴や軽微な処分で終わる、といったことが起きやすい構造があります。

実際、スウェーデンでは2005年以降、犯罪統計から加害者の出身国や民族情報を除外するようになりました。表向きの理由は「差別防止」ですが、結果として実態の把握が困難になっています。移民政策を推し進める立場にとって、不都合なデータは残さない——そういう動機が行政側に働くことは、十分に考えられます。

EU諸国では、夜間の外出や単独行動を避ける女性が増えているという実態が、複数の調査や女性政治家たちの訴えとして出てきています。もし治安が本当に変わっていないなら、人々の行動がこれほど変わる必要はなかったはずです。体感や生活の変化という実態が、意図して数字に正確に現れないこともあるのです。

「犯罪が増えた」と断言するには慎重であるべきです。しかし同時に、「データが示すから問題ない」とも言い切れない。データの裏側に何があるかを問う姿勢こそが、この問題を正直に考えるうえで欠かせないのではないでしょうか。

■ 06|では、どのような整備が必要でしょうか

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感情的な賛否を超えて、社会として考えていくべき整備の方向性を三つの段階でまとめてみます。

【国レベルで】

移民・外国人受け入れの基準をより明確にすること。宗教法人を含む関連団体の資金源や活動の透明性を確保する仕組みを整えること。そして、国の政策によって生じるリスクを地域住民だけに押しつけない制度設計を考えること。

【自治体レベルで】

土葬の可否やそれに関するルール、騒音への対応、宗教施設を建設する際の近隣への説明義務など、共存のための具体的なルールを条例として整備すること。これは「排除」ではなく、お互いが安心して暮らすための「共通のルール作り」です。

【社会レベルで】

まず国内にいる失業者や就労希望者の雇用をしっかり確保すること。「年収の壁」の見直し、高齢者・障害者・女性が働きやすい環境づくり、そしてAIや自動化への投資を進めること。これらが先にあるべきではないかと思います。

■ おわりに

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藤沢のモスク建設問題は、「イスラム教が好きか嫌いか」という話ではありません。国の政策が地域に転嫁される構造、移民政策の実態、宗教組織の透明性、国内労働力の活用——これらがいくつも重なり合った、複合的な問題です。

賛成・反対の二択で終わらせずに、背景にある構造を一緒に考えていけたらと思います。

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