【月2万円で、どうやって生きていけというのか。――就労継続支援B型が抱える矛盾】

障害福祉の現場に、こんな数字があります。

就労継続支援B型事業所における利用者の平均工賃、月額約16,000〜17,000円。

これが、障害のある方が「働いて」得られる収入の現実です。

■ 働く場所はある。でも、生きていける賃金はない。

就労継続支援B型とは、一般企業での就労が困難な障害者が、雇用契約を結ばずに軽作業や農作業、パソコン入力などに従事できる福祉サービスです。袋詰め、部品の組み立て、パンの製造、清掃——内容は事業所によってさまざまですが、利用者は毎日通い、汗を流し、真剣に取り組んでいます。

しかし、その対価として手にする金額は月2万円にも満たないことが多い。家賃を払えるでしょうか。食費は賄えるでしょうか。答えは明らかです。この金額で自立した生活を送ることは、現実として不可能です。

■ 「賃金」ではなく「工賃」と呼ばれる理由

B型事業所の利用者が受け取るお金は、「賃金」とは呼ばれません。「工賃」と呼ばれます。この違いには、制度的な理由があります。

「賃金」とは、雇用契約に基づいて労働者に支払われるものです。労働基準法が適用され、最低賃金が保障されます。しかしB型事業所では、利用者と事業所の間に雇用契約は結ばれません。利用者はあくまで「福祉サービスの利用者」であり、法律上は「労働者」ではないのです。

そのため最低賃金法の適用外となり、事業所が生み出した収益を利用者に分配する形で支払われる報酬が「工賃」と位置づけられています。

どれだけ真剣に働いても、法的には「働いていること」にならない——これがB型利用者の置かれた現実です。「福祉だから仕方ない」という言葉で、最低賃金すら保障されない構造が正当化されています。

■ 時給に換算すると、いくらになるのか。

では、月17,000円という工賃は、どれほどの時間働いた結果なのでしょうか。

目安として、B型事業所の利用時間は1日4〜6時間、週3〜5日、月15〜20日程度とされています。月間の総作業時間はおおよそ60〜120時間。仮に月100時間働いて17,000円とすれば、時給に換算すると約170円です。

2024年時点で、神奈川県の最低賃金は1,162円。その約15%以下の水準です。

同じ時間、同じ真剣さで取り組んでいても、「労働者」と認められないだけで、これほどの差が生まれる。この現実を、私たちはどう受け止めればよいのでしょうか。

■ 「障害者」として認定される事は足かせなのか。

「障害者」として認定されることは、支援を受けるための入り口である一方、その言葉を一生背負って生きていくことを意味します。就職の場面で、住居を探す場面で、人間関係の中で——「障害者である」という事実が、見えない壁となって立ちはだかることは、今の社会では珍しくありません。

支援を受けるために手帳を取得した途端、社会的な目線が変わる。「かわいそうな人」「できない人」というレッテルを貼られる。そのような経験をした当事者は少なくありません。

本来、障害の認定は「その人が必要な支援を受けられるようにするための手続き」のはずです。しかし現実には、認定を受けること自体が新たな障壁を生む構造になっている。支援の入り口が、同時に差別の入り口にもなってしまっているとすれば、それは制度の深刻な矛盾です。

障害があっても、胸を張って、自分らしく生きていける社会であるならば、「障害者である」ことが不利益に直結するような構造は、根本から問い直されなければなりません。

■ 「障害者だから仕方ない」——本当にそうでしょうか。

なぜ工賃がこれほど低いのか。それは現行の制度が、実質的に「健常者の労働生産性を基準として、そこからの達成率で報酬を決める」という構造になっているからです。

しかしこれは、前提からして間違っていないでしょうか。

障害者は「健常者の劣化版」ではありません。補うことのできない能力の差があるからこそ障害者と呼ばれているのであり、その差を「生産性の低さ」として金銭的に罰する制度設計は、差別の構造そのものだと私は思います。

生きていくためのコストは、障害の有無にかかわらず同じようにかかります。家賃も、食費も、医療費も。にもかかわらず、得られる収入だけが著しく低い。この矛盾を「本人の能力の問題」として放置し続けているのが、現在の日本社会の現実です。

■ 親は、死ぬまで子どもの心配をしなければならない。

現在の障害福祉の実態では、家族——特に親——が支援の大きな担い手となっていることが多い。そうなると、親は自分自身の老いや死を「子どもの危機」として受け止めながら生きていかなければなりません。

「自分が死んだら、この子はどうなるのか」

これは一部の家庭の特殊な悩みではなく、障害のある子を持つ多くの親が抱える、切実で普遍的な恐怖です。この問題は「親なき後問題」として語られますが、解決策は依然として不十分なままです。

■ 「ダイバーシティ」「インクルージョン」——その言葉の裏側

近年、ダイバーシティやインクルージョンという言葉をよく耳にします。障害者の権利、合理的配慮、共生社会——美しい言葉が並びます。

しかし現実はどうでしょうか。

胸を張って、生きがいを持って、安心して暮らせる環境が、障害のある人たちに用意されているでしょうか。月2万円の工賃で、親なき後の受け皿も不十分な社会で、「権利がある」と言われても、それは絵に描いた餅にすぎません。

権利が「宣言」にとどまり、実質的に行使できる環境が整備されていないなら、それは権利ではなく装飾です。表面だけを整えた、極めて排他的な社会の姿だと、私は感じています。

私は障害当事者として、そしてこの社会をより良くしたいと願う一人の市民として、この問いを読んでくださったあなたに投げかけたいと思います。

この社会は本当に、すべての人が「生きていける」場所になっているでしょうか。

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