【「38%」の向こう側――食料自給率が突きつける、この国の安全保障】

「日本の食料自給率は38%」。この数字を、私たちは何度も耳にしてきました。しかし、この数字の本当の意味と、その裏にあるさらに深刻な構造を、どれだけの人が知っているでしょうか。もし世界の物流が止まってしまったら。私たちはどのぐらいの期間を国内の食料で生きながらえることができるのでしょうか。「食べられること」が当たり前でなくなる日のことを、本気で考えなければならないと感じています。

■ そもそも「38%」とは何の数字か

まず、言葉を正確にしておくと、2023年度(令和5年度)のカロリーベースの総合食料自給率は38%。これは農林水産省の公式数字で、2024年度も同じく38%でした。私たちが口にする熱量(カロリー)のうち、国内で生産されたものは4割に満たない、ということです。

ただし、これがすべてではありません。同じ年の「生産額ベース」の自給率は64%。これは野菜や果物など、金額の大きい品目の国内生産を反映した数字です。カロリーベースが低く出るのは、飼料を輸入に頼る畜産物が多いからで、「38%」は数ある指標の中の一つにすぎません。「38%」と「64%」。どちらを信用したら良いのか分からないという方も多いと思います。大事なのは、数字の前提を理解した上で、本当のリスクがどこにあるかを見極めることです。

■ 本当の弱点は「自給率」ではなく「生産の足腰」にある

私が最も警戒しているのは、自給率の数字そのものよりも、その国産分を支える「生産の足腰」が、ほぼ全面的に輸入に依存しているという事実です。

化学肥料の自給率は、ほぼ0%です。肥料の三要素のうち、尿素(窒素源)の国内自給はわずか3%程度、リン酸とカリウムに至っては0%。原料となる鉱石が日本にほとんど存在しないため、尿素・リン酸アンモニウム(リン安)・塩化カリウム(塩化加里)はほぼ全量を輸入しています。輸入先も偏っていて、近年は尿素の約7割をマレーシア、リン酸アンモニウムの約7割を中国、塩化カリウムの約8割をカナダに頼っています。

種も同じです。今スーパーに並ぶ野菜の多くはF1種(一代限りの品種)で作られ、その種の9割以上が海外で採種されています。かつて99%あった種の国内自給率は、この50〜60年で10%以下に落ちました。

そして、もう一つ見落とせないのが家畜の飼料です。飼料の自給率は全体で27%(2023年度概算)。牧草などの粗飼料は80%を国内で賄えていますが、牛・豚・鶏に与える濃厚飼料(穀物類)の自給率はわずか13%にすぎません。配合飼料の原料の5割はとうもろこしで、その大半はアメリカ・ブラジルからの輸入に依存しています。スーパーに並ぶ国産の肉や卵も、食べさせた飼料は輸入穀物というのが実態です。カロリーベースの自給率では、国内で育てた家畜でも飼料が輸入なら「輸入」として計算されます。だから私たちがどれだけ肉を国産に切り替えても、飼料の輸入依存が続く限り、自給率の向上には結びつかないのです。

つまり、こういうことです。仮に田畑がそのまま残っていても、肥料が止まり、種が止まり、飼料が止まれば、私たちはそこで作物も家畜も育て続けることができない。「自給率38%」という数字は、その輸入された肥料・種・飼料をすべて前提にして、ようやく成り立っている数字なのです。

■ もし物流が止まったら、何日もつのか

では、台湾有事のような事態で輸入の物流が完全に止まったら、私たちはどれくらい食べていけるのか。これは「前提のどの段階で考えるか」で答えが変わります。

まず、在庫を食いつなぐ局面。米は政府の備蓄米約100万トンと民間在庫約280万トンを合わせて、需要の約6.2か月分=およそ190日分。輸入小麦の国内備蓄は約70日分です。主食の在庫だけを見れば、米はおおむね半年もちます。これが、確実に言える数字です。

次に、在庫が尽きた後、国内生産だけで食べる局面。農林水産省の「食料自給力指標」では、全農地を最大限使い、いも類を中心に作付ければ、2023年度の試算で1人1日2,362キロカロリー。推定必要量(約2,167キロカロリー)を上回ります。理屈の上では「芋を全力で作れば、カロリーだけは国民を養える可能性がある」のです。

しかし、ここに最大の落とし穴があります。この試算には、「肥料・農薬・燃料・種子が、国内生産に十分な量だけ確保されている」という前提が置かれているのです。物流が完全に止まれば、その肥料も種も燃料も入ってきません。つまり「芋で養える」という前提そのものが、有事には崩れる。在庫で半年をしのげても、その間に国内生産を立ち上げ続けられる保証はどこにもない。武器をどれだけ揃えても、国民が食べられなければ、国は立ち行きません。安全保障の土台は、食料です。

■ 自給率を回復するために、本当に必要なこと

では、どうすればいいのか。私は、精神論ではなく、具体的な順序で考えるべきだと思っています。

第一に、生産の足腰=肥料・種・飼料の国産化に正面から取り組むこと。リンやカリの鉱石は国内にありませんが、下水汚泥には輸入リン資源の1〜2割に相当するリンが含まれ、家畜のふん堆肥という未利用資源もあります。種についても、かつて日本は自給していたのですから、国や自治体が採種の担い手を育て、公的に種を守る仕組みを再建する余地があります。飼料については、飼料用米や国産牧草の拡大、エコフィード(食品残渣の飼料活用)の推進など、国内資源を活かす選択肢があります。「ゼロだから打つ手なし」ではなく、「ゼロだからこそ国家戦略として取り戻す」発想が要ります。

第二に、農地と担い手を守ること。今、農業の主たる担い手の平均年齢は69.2歳。20年間で従事者は半減しました。どれだけ自給率向上を唱えても、田畑を耕す人がいなければ絵に描いた餅です。特に、所得が低く後継者の少ない稲作を、国の安全保障インフラとして所得保障の対象に位置づける議論が必要です。

第三に、消費者である私たち自身が「国産を選ぶ」こと。自給率は生産だけの問題ではなく、何を食べるかという需要の問題でもあります。一人ひとりの食卓の選択が、巡り巡って国内生産を支えます。

■ まちの暮らしから、国の備えを考える

食料安全保障というと、永田町や霞が関の話に聞こえるかもしれません。けれど、これは藤沢で暮らす私たち一人ひとりの食卓に直結する問題です。災害時に物流が途絶えれば、移動の制約がある人、買い物に困難を抱える人ほど、真っ先に食べることに困ります。私自身、車椅子の生活の中で「当たり前が当たり前でなくなる」時、何が起こるかを考えるのですが、平時のうちに備えることの重要性を感じています。

国を守るとは、まず、国民が食べていける足腰を守ること。食料を守ることが、国防の第一歩です。

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