2026年3月16日、沖縄・辺野古沖で、痛ましい事故が起きました。
平和学習で訪れていた京都の高校生たちを乗せた船2隻が転覆し、17歳の女子生徒と71歳の船長が亡くなりました。当時は波浪注意報が出ていたにもかかわらず、出航の最終判断は船長に委ねられ、引率の教員は乗船せず、学校による下見もなかったと報じられています。文部科学省はのちに、この学習内容を「教育基本法に反する」「学校の対応は著しく不適切」と結論づけました。
若い命が、平和を学ぶための旅で失われた。この事実を前に、改めて「平和教育」のあり方を考えてみたいと思いました。
■ 平和の「ものさし」は、誰が決めたのか
そもそも「平和」とは何でしょうか。
日本の平和教育は、建前としては日本国憲法の理念を出発点にしています。それ自体は尊いものです。しかし忘れてはならないのは、その出発点が「敗戦」という、ある特定の歴史的状況から生まれた価値判断だということです。
平和学の世界では、戦争のない状態を「消極的平和」、貧困や差別といった社会構造に組み込まれた不平等=「構造的暴力」のない状態を「積極的平和」と呼びます。これは世界的に有名な考え方です。
ところが、この概念を生み出したガルトゥング自身が、こう述べています。「平和をいかに定義するかは、それ自体が政治的・科学的戦略の一部である」と。
つまり、「平和とは何か」を定義する行為そのものが、すでに一つの政治的な選択なのです。だとすれば、日本の教育現場で語られる「平和」の、そのものさしは、いったい誰が、何のために決めたのか。それを問わないまま「これが平和です」と子どもに教えることは、果たして教育なのでしょうか。
■ 情緒だけの平和教育は、なぜ脆いのか
広島大学の研究者は、日本の平和教育を厳しく批判しています。それは「人々の悲しさ・惨めさをわからせる情緒的理解」に偏り、「合理的な理解に欠けている」。そして「都合のよい事実だけを取り上げ、特定の価値観に囚われ、他を排除する、開かれていないもの」だった、と。
悲しみへの共感は、確かに大切です。しかし共感だけでは、なぜ戦争が起きたのかは分かりません。当時の国際的な力関係、資源をめぐる争い、情報統制、そして国民を一つの方向へ導いた世論操作。こうした「構造」を理解しなければ、私たちは同じ過ちを繰り返さない知恵を手にできないと思うのです。
近代以降の戦争の多くは、国民が心から望んだものだったのでしょうか。私はそうは思いません。ほとんどの人は、国を挙げた殺し合いなど望んでいない。それでも戦争は起きる。一部の人間の決定と、巧妙に作られた世論によって。
その「からくり」を見抜く力を育てずに、ただ「戦争は悲しい」と教えるだけなら、私たちは次の世論操作の前で、また無力でしかないのです。
■ 見抜く力と、考え抜く力を
本当の平和は、感情や理念だけの上には築けません。その土台に必要なのは、二つの「力」です。
一つは、正確な事実、相手の意図、力の均衡を冷静に見据える「見抜く力」。もう一つは、与えられた答えに飛びつかず、自分の頭で考え抜く「考える力」です。
そして、教育の役割は、子どもにこの二つの力を手渡すことだと私は信じています。
子どもの心は、まっさらなキャンバスです。そこに最初の一筆を入れる教師の責任は、計り知れません。だからこそ教師は、答えを描いてはならない。事実という絵の具を、できる限り正確に、できる限り多くの色で手渡し、あとはその子自身に絵を描かせる。
答えは、一人ひとり違っていい。むしろ、たった一つの答えを全員に教え込むこと、それこそが危険なのですから。
■ 平和教育とは「違いを認め、尊重する心」を育てること
私が考える平和教育のとは何か。
それは「違いを認め、互いを尊重する心を育てること」ではないかと思います。
世界には、それぞれに異なる風土があり、宗教があり、文化があり、歴史があり、国民性があり、言語があり、地理的な立場があります。世界中が何もかも同じ価値観で理解し合うことなど、そもそも難しい。
いえ、それ以上に、すべてを一つの価値観に合わせようとすること自体が、強引で、とても危険な行為ではないでしょうか。過去の戦争も、ある価値観を「正しい」と信じ、それを他に押しつけようとしたところから始まりました。
大切なのは、まず相手を知ることです。そして、それぞれの国がそれぞれの価値観と歴史を持っていることを認めること。その上で、自分の国のかたちと相手の国のかたちの両方を尊重しながら、どうすれば共に生き、共に栄えていけるのか、その道を多角的に、粘り強く探し続けること。
これこそが、平和教育のあるべき姿だと私は思うのです。
違いを消すのではなく、違いを認め合う。同じ色に塗りつぶすのではなく、それぞれの色が並んで、一つの絵になる方法を考え抜くこと。そのための力を、子どもたちに手渡すことができる教育であって欲しいと思います。
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